2005年12月
2005年12月30日
28日。川崎市役所にTaguchiの田口さんと、ヒビノの宮本さんとで伺いました。先日、元神奈川県立南高等学校で、打楽器奏者の加藤訓子がプロデュースしたミュージックシアター「浄土」公演に、Taguchiが機材協力された時に繋がったそうです。川崎市は「音楽のまち・かわさき」と謳い、積極的に音楽を支援しています。今後、川崎市でも活動していきたいです。
打合せ後に、東銀座のPepper's Gallerlyにピンクの作品「子羊たちの遊覧船」を観に行きました。小さなギャラリースペースを、3人で踊りきった1時間の作品。面白かったです。特に加藤若菜さんの凛とした存在感はとても貴重だと感じました。いつかご一緒できれば嬉しいです。しかし、音はずっと耳を塞いでいなくてはいけない状態でした。踊りの空気感があまり伝わらず少し残念。特に小さなスペースでは綿密な音場創成をしなくてはなかなか厳しいと思いました。今後のピンクの成長が楽しみです。
今日は音楽家の生形三郎さんも観に来ていて、帰りに舞台音楽について語る。4月に生形さんはダンサーの吉福敦子さんと、本日の会場だったPepper's Gallerlyで公演しました。その後、韓国、北海道、福井県でも共演し公演されました。今後の生形さんの活動にも注目したいと思います。
打合せ後に、東銀座のPepper's Gallerlyにピンクの作品「子羊たちの遊覧船」を観に行きました。小さなギャラリースペースを、3人で踊りきった1時間の作品。面白かったです。特に加藤若菜さんの凛とした存在感はとても貴重だと感じました。いつかご一緒できれば嬉しいです。しかし、音はずっと耳を塞いでいなくてはいけない状態でした。踊りの空気感があまり伝わらず少し残念。特に小さなスペースでは綿密な音場創成をしなくてはなかなか厳しいと思いました。今後のピンクの成長が楽しみです。
今日は音楽家の生形三郎さんも観に来ていて、帰りに舞台音楽について語る。4月に生形さんはダンサーの吉福敦子さんと、本日の会場だったPepper's Gallerlyで公演しました。その後、韓国、北海道、福井県でも共演し公演されました。今後の生形さんの活動にも注目したいと思います。
2005年12月28日
26日。戸塚にあるTaguchiの事務所、ショーケースに、音楽家でギタリストの阪本剛二郎さんと伺いました。途中、電子音楽の作曲家・生形三郎さんも参加。Taguchiが新しく開発した25cmユニット2発のスピーカーのサウンドチェックです。開発途中なのですが、今後の開発のために視聴することになりました。さすがにラインアレイ(無指向性)のユニットです。スピーカーから遠く離れても音の輪郭がしっかり感じられます。しかし、まだまだ開発中のようで、中域が少し物足りない感じでした。38cmのウーファーや46cmのウーファーとも合わせてチェックしましたが、バランスもこれからのようです。今後、どのように開発されていくのかとても楽しみです。
最後にCMX1309(使用ユニット数:ATA4025-TWEETER×36個、LX131A-WOOFER×9個)と38cmウーファーの組み合わせで音を奏でましたが、やはり相性が良く、音の質感をリアルに感じ、スピードは抜群で嬉しくなりました。阪本さんも満足したとてもいい顔をして…何と購入してしまいました。早く皆さんに、Taguchiの音響システムを楽器として音を奏でる、阪本さんのスピードとエネルギーの塊を感じていただきたいです。阪本さんとの共演楽しみにしていて下さい。
今回、ずっと音つくりをしてお付き合いしていただいた、Taguchiの稲荷森さん、そして、田口さんに感謝しています。稲荷森さんは途中でアンプやケーブルを変えて、その音の違いを感じさせてくれました。アンプの違いにも驚かされましたが、やはりPCOCCケーブルの威力には頭を抱えました。生形さんが音を奏でたのですが、一瞬にして目の前に音空間が生まれました。その違いが手に取るように感じられ、今後は必ずPCOCCケーブルを持ち歩こうと心に決めました。この濁りのない純度を体感していただきたいです。いい音を追求していくには、まだまだ奥が深いです。もっと勉強しなくては…と思った一日でした。
最後にCMX1309(使用ユニット数:ATA4025-TWEETER×36個、LX131A-WOOFER×9個)と38cmウーファーの組み合わせで音を奏でましたが、やはり相性が良く、音の質感をリアルに感じ、スピードは抜群で嬉しくなりました。阪本さんも満足したとてもいい顔をして…何と購入してしまいました。早く皆さんに、Taguchiの音響システムを楽器として音を奏でる、阪本さんのスピードとエネルギーの塊を感じていただきたいです。阪本さんとの共演楽しみにしていて下さい。
今回、ずっと音つくりをしてお付き合いしていただいた、Taguchiの稲荷森さん、そして、田口さんに感謝しています。稲荷森さんは途中でアンプやケーブルを変えて、その音の違いを感じさせてくれました。アンプの違いにも驚かされましたが、やはりPCOCCケーブルの威力には頭を抱えました。生形さんが音を奏でたのですが、一瞬にして目の前に音空間が生まれました。その違いが手に取るように感じられ、今後は必ずPCOCCケーブルを持ち歩こうと心に決めました。この濁りのない純度を体感していただきたいです。いい音を追求していくには、まだまだ奥が深いです。もっと勉強しなくては…と思った一日でした。
2005年12月27日
25日。神楽坂セッションハウスに、能美健志さんが主宰しているダンステアトロ21の「Individual」公演を観に行きました。今年の3月、作品「四季」で何人かのダンサーと共演しましたが、ほんとうにいい若手ダンサーがたくさんいて素晴らしいです。純粋にただ踊ることに徹している姿は美しい。丸山暁子さんと長濱加実さんはソロ作品を発表したのですが、強度が芽生えていて、確実に成長している姿を感じました。能美さんや軽部裕美さんの育てるという姿勢に心打たれました。軽部さんは1年間パリに留学するのですが、この1年で軽部さんもカンパニーもどう成長していくのか楽しみです。
公演後に森山開次さんのマネージャー橋爪さんと打合せ。先日の新国立劇場の公演、来年3月にproject suaraが主催する横浜美術館・グランドギャラリーでの公演、今後の活動などをたくさんお話ししました。橋爪さんの厳しくも心あるお話しにいつも感謝しています。今後の森山さんとの活動にご期待ください。
公演後に森山開次さんのマネージャー橋爪さんと打合せ。先日の新国立劇場の公演、来年3月にproject suaraが主催する横浜美術館・グランドギャラリーでの公演、今後の活動などをたくさんお話ししました。橋爪さんの厳しくも心あるお話しにいつも感謝しています。今後の森山さんとの活動にご期待ください。
2005年12月26日
18日。UPLINKの鎌田さんと「art live - sound+dance+visual vol.6」公演後の打合せをしました。今回の課題や今後の展望などを話しました。次回、UPLINK FACTORYではTaguchiのスピーカーを生かした音の公演を開催します。詳細が決まりましたら発表させていただきます。
この日はUPLINKのカフェでダンサーの神村恵さんとも打合せ。これまで共演したダンサーとはまったく違った、踊る以前の踊りを追及されている方です。舞踊評論家の石井達朗さんからご紹介されたのですが、いつかご一緒できると嬉しいです。私の音楽言語と神村さんの身体言語が、空間を共有した時、いったい何が生まれるのか?楽しみです。
神村さんと打合せが終った後に、イギリスから一時帰国されているダンサーの木野彩子さんとお会いしました。現在は海外のカンパニーと契約をして、プロのダンサーとして活躍されています。去年のBankART 1929の大野一雄展ではじめてお会いしたのですが、手足が長く、柔軟性のある美しい身体はスケール感があり、世界でも充分通用します。今回の帰国は、現在の日本のコンテンポラリーダンスの流れを感じたかったそうです。今後、海外で踊り続けるのか、日本に戻ってきて踊るのか、どちらにせよ、次から次へと流れていく日本のコンテンポラリーダンスの流れに乗らず、じっくり自分の作品をつくっていきたいと語っていました。
最近はコンペで賞を受賞しても、継続して活動していくには、あまりにも過酷な現実が立ちはだかっています。もっと根気強く育てるという流れにならないと、いつまでたってもダンス舞台は進歩しないと感じています。私は音楽家として多くのダンス舞台に関わっていますが、この流れに身を任さず、主体的にクリエーションいきたいと思います。
この日はUPLINKのカフェでダンサーの神村恵さんとも打合せ。これまで共演したダンサーとはまったく違った、踊る以前の踊りを追及されている方です。舞踊評論家の石井達朗さんからご紹介されたのですが、いつかご一緒できると嬉しいです。私の音楽言語と神村さんの身体言語が、空間を共有した時、いったい何が生まれるのか?楽しみです。
神村さんと打合せが終った後に、イギリスから一時帰国されているダンサーの木野彩子さんとお会いしました。現在は海外のカンパニーと契約をして、プロのダンサーとして活躍されています。去年のBankART 1929の大野一雄展ではじめてお会いしたのですが、手足が長く、柔軟性のある美しい身体はスケール感があり、世界でも充分通用します。今回の帰国は、現在の日本のコンテンポラリーダンスの流れを感じたかったそうです。今後、海外で踊り続けるのか、日本に戻ってきて踊るのか、どちらにせよ、次から次へと流れていく日本のコンテンポラリーダンスの流れに乗らず、じっくり自分の作品をつくっていきたいと語っていました。
最近はコンペで賞を受賞しても、継続して活動していくには、あまりにも過酷な現実が立ちはだかっています。もっと根気強く育てるという流れにならないと、いつまでたってもダンス舞台は進歩しないと感じています。私は音楽家として多くのダンス舞台に関わっていますが、この流れに身を任さず、主体的にクリエーションいきたいと思います。